「バッタを倒しにアフリカへ」(前野ウルド浩太郎)①

自分の好きなことを職業とすることの困難さ

「バッタを倒しにアフリカへ」
 (前野ウルド浩太郎)光文社新書

書店に行くと
いやでも目に入ってしまう
この奇抜な表紙。
とても新書本のそれとは思えません。
ベストセラーと聞いていたのですが、
どうせ話題性を狙った
ゲテモノ本だろうと
高をくくってスルーしていました。
しかしある日、
著者が私と同郷人であることを知り、
本書を買ってしまいました。

とにかく面白いです。
著者の異常なまでの
バッタ愛はコミカルだし、
日本とは全く違うモーリタニアとの
異文化接触の様子も抱腹絶倒、
背水の陣を敷いて研究に打ち込む姿も
悲愴どころかユーモアに満ち溢れ、
メディアを駆使しての
広報的活動もきわめて痛快です。

著者は純粋に少年の頃に思い描いた、
昆虫学者になりたいという夢を
追っているのです。
根本にあるのは、ファーブルに憧れ、
虫を愛し、虫に愛されたいという
一心なのです。
しかし、決して
サクセスストーリーではありません。
本書の「面白さ」の
影から伝わってくるのは、
「自分の好きなことを
職業とすることの困難さ」なのです。

博士号を取得しても、それだけでは
研究者として雇ってはもらえません。
バッタの生態調査という
およそ金にならない研究のために
人を雇う機関など少ないのです。
周囲が次から次へと職を得る中、
収入が閉ざされる危険を覚悟で、
それでも意志を曲げずに
その道を突き進む。
相当の覚悟が必要なはずです。

筆者は、異国の地で
さまざまな困難に襲われます。
言葉の通じない中で、
それらを一つ一つ克服し、
手探りで研究を
進めなければなりませんでした。
もちろん周囲と
コミュニケーションを取り、
信頼を勝ち得ながらの作業です。
タフで前向きな精神がなければ
難しいでしょう。

契約の2年の期限切れが迫り、
いよいよ路頭に迷うかという最中、
筆者は勝負に打って出ます。
人脈を駆使し、雑誌への連載や
ニコニコ動画を使った学会出席等、
自己PR活動を積極的に行います。
下手をすれば研究者として
失格の烙印を
押される可能性が伴います。
人生には賭が必要なときがあるのです。
リスクを恐れない勇気と
局面を読みとる目が要求されます。

そうした苦労の連続を、
あたかも自虐ネタを語るように披露し、
読み手の心に愉悦をもたらす文章。
作家としても
十分通用するのではないかと思わせる、
380頁に及ぶ長大な怪作。
ベストセラーになるのも肯けます。
ぜひご一読を。

(2019.5.3)

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